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大森寺に残る湯けむりのロマン、森ヶ崎鉱泉源泉碑

2018/05/05
スティッキーズ編集部
■ Writer | スティッキーズ編集部
店舗イメージ

大田区の大森南に、その名の通り大森寺(読みは「だいしんじ」)という名の寺院がある。

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スティッキーズ内 大森寺リンク
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昭和レトロの名残の残るこの地区は、そこが温泉街として栄えていた過去を今も残しているように感じる。
その歴史は現在、この大森寺に残されている。

 

発火する湯とかつての温泉町「森ヶ崎」

大田区には文献などから都内最古の温泉と言われるものがある。
しかし、それは全国でも有名な「黒湯」ではなく森ヶ崎にある温泉であった。「森ヶ崎鉱泉」と呼ばれたその湯は沸騰すると赤褐色の沈殿が生じたという。また、湧出口に点火すると発火したともいわれている。
この森ヶ崎鉱泉により、周辺には鉱泉地として旅館や料亭などが栄えたという。
しかし、太平洋戦争が起きると大田区の状況は一転し鉱泉地に根ざしていた店舗は転廃業することとなった。
現在、森ヶ崎鉱泉は存在しないが、大森南地域はかつて森ヶ崎鉱泉があった地域とされており、大森寺には森ヶ崎鉱泉源泉碑が置かれている。


この源泉碑は森ヶ崎鉱泉の発見と泉効試験を記念して建てられた石碑で、正面には泉効をたたえた詩文が刻まれ、背面には一八〇余名に及ぶ建立発起人の名が記録されている。鉱泉の開掘を発起し尽力した大森地区の有力者であったと考えられ、森ヶ崎鉱泉開掘当時の事情を伝える資料として貴重な存在となっている。(掲示物より抜粋)

大森寺、そして温泉町の名残を残す銭湯たち

大森寺は江戸時代より無縁塚があった森ヶ崎の地に明治38年、森ヶ崎協会所として大林寺四十世日元が開いたことを起源とされている。


地元各宗派の協力より護持されていたが、昭和22年、二世日善のとき日蓮宗大森教会になり、四世日立が昭和40年本殿を再建し、昭和46年に大森寺と改称し現在の姿になったと言われており、本尊は十界曼荼羅だ。
温泉街でもあった大森の町は今もその面影を残している。
大森寺より徒歩10分程度のところにも銭湯があるように、この大森地区にも銭湯は非常に多い。
源泉は森ヶ崎鉱泉ではないが、人々を癒す場は現在もその姿を変え人々に愛されているのだろう。
蒲田の「黒湯」も有名ではあるが、この場所を訪れ、はるか昔とも言えない近代に栄えた温泉町を思い、湯に浸るのも一つの楽しみとも言える。

スティッキーズ編集部
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